

まさに70年代の歌謡曲を思い出させるような和製のソウルサウンド。
とても落ちついた曲で仕事から帰宅してくつろぎながら聴くと良い。
活動休止するようであるが、是非天賦の才を埋もれさせることなく早期復帰して欲しい。
”新曲なのになぜか懐かしい”
桑田氏の曲にはそういうナンバーが多い。2007年のソロ第3弾「ダーリン」は、70年代歌謡曲へのオマージュ的な曲ということらしい。
70年代歌謡曲。。。
今から30年前、まだ”レコード大賞”という賞には威厳があり、大晦日の紅白は視聴率70%台をキープしていた懐かしい”あの頃”。
そして、物心ついてから音楽が耳に入り自然と口ずさむようになった”あの頃”でもある。
これまでの桑田氏の曲の中でも、明らかに”歌謡曲”のカテゴリーに入るものは多い。
桑田氏自身、歌謡曲がとても好きらしくこれらを10代のときに聞いて育ち、それがその後の作品に大きな影響を及ぼしたという。
70年代に一世を風靡した”歌謡曲”も80年代に入ると、フォークから進化したニューミュージック(オフコースやユーミンその他)やアメリカナイズに洗練されたお洒落でアーバンなシティポップス(山下達郎や杉山清貴&オメガトライブその他)、YMOなどのテクノポップ、尾崎豊や浜省などのロックが台頭し、音楽界の主席を譲らざるを得ない状況に置かれた。最終的には行き場所を失い、非常に悲運な運命にさいなまれることになる。この時流のなすがままに、日本人は本当に”歌謡曲”を忘れてしまったのであろうか。
答えは”No”である。
日本人が本能的に、「懐かしい」とか「これが日本らしい」、と認識する音楽は、何十年経っても基本的にはなんら変わっていないと思う。
日本人は年齢に関わらず、”古き良き時代”の70年代歌謡に対して、心の底から親しみを持っている。また、歌謡曲(を作る人は)はこのつぼをよく理解している。
言わば、”日本人の心”がそこには存在する。演歌ももちろんそうであるが。
演歌は、日本人が”故郷”に帰りたくなる郷愁を誘うのに対し、歌謡曲は幼き頃のまだ白黒テレビで歌謡ショーを見ていた懐かしい時代(これも、広義の上では”ふるさと”とも言える)に戻りたくなる、そんな思いをめぐらせる。そして、人々はその思いに駆られる。
新曲「ダーリン」。これは94年のソロシングル「祭りのあと」を思い出させる人間臭さと親しみを感じさせる失恋ソングだ。
桑田氏の音楽にはよく出てくる”横浜”を舞台にし、決してカッコつけることなく、地のままで歌う50歳のシンガー。
すっかり冬に入り、家族がコタツに集まって、わいわい言いながら歌謡曲を聞いて過ごすのも”粋”なものではないだろうか。
そして、横浜の”埠頭の風”に哀愁を感じながらこの曲を聞くのを夢見て、今夜も眠りたい。。。
12月5日にリリースされた桑田さんのNew Singleダーリン!
この曲の歌詞がとっても良く出来ていて、かなりヤバイです。
聞けば聴く程ハマっていく曲なんで、聞いてない人は今からでも良いんで、聞いて見て下さい!
ついに久しぶりの傑作ですね。
テンポもいいし、耳障りが良い。
カラオケで熱唱するぞ!!
去年はソロ作品を3作リリースした桑田さんだが、もっともコマーシャルなのはこれ。古いリスナーなら「また逢う日まで」へのオマージュだとすぐ気がつくはず。前2作はバラードということもあって彼らしいメロディの盛り上がりかたがイマイチだったが、ここでは全開モードである。しかし、歌謡ポップス調ながら今まで以上に哀愁を感じさせる曲調は今や円熟を感じさせる。51歳を迎えて、2008年はどんな曲を発表してくれるのかますます期待は膨らむ。

まず、、インターネットができる環境にあるのであれば著者の名前ぐらい調べてください。それからまず、本を手にとるかとらないかを決めてください。
wikipediaで調べてみればわかると思われますが、これはフィクションです。騙されないでください。また、著者は在日韓国、朝鮮人と書いてあります。
また、小説というのはフィクションであろうが、ノンフィクションであろうが本に明記する必要はない。それゆえ、ただ本に書いてあることをただ、ただ鵜呑みにするのは実に馬鹿げています。
それから読めばよろしい。碌に調べもせず、本の内容を信ずるのは甚だ愚かである。
児童売春・臓器売買など、貧しい国を取り巻く状況は確かに深刻なものである。
子供を愛している親でも、生活ができないから子供を売るしかない。
貧困問題は複雑であり、国際援助で金だけ送れば解決するような生易しいものではない。
それは分かる。
が、これは小説。
上記のような問題をどのように物語の中に組込み、キャラクターを配するかが作者の腕の見せ所。
今作では、正義役、悪役の2パターンのみを用意しひたすら正義側の苦闘と子供達の悲劇ばかりを繰り返すだけの構造にしかなっていない。
理想論ばかりを繰り返し、行き当たりばったりの行動を繰り返す主人公達には、正直うんざりしてしまう。
また、これだけ単純な構造にしたにもかかわらず、最後をまとめ切れず、キャラクターに無茶苦茶な言動だけとらせて終わりにしてしまっている。
作者の正義感をキャラクターの口から言わせるだけならば、小説などにせず、オピニオン誌などに載せればいい筈である。
きつねうどんを頼んだつもりが、油ぎとぎとのとんこつラーメンが出てきたみたいで、悪い意味で期待を裏切られたと言わざるを得ない。
幼児売春の残酷な描写のセンセーショナルさに頼りすぎなところがありました。
リアリティある箇所とない箇所がアンバランスで、とにかく救いがなさすぎて、
「発展途上国の子供たちがかわいそう」なんて、優等生的な共感をいだけるような作品ではありません。
残酷な箇所に興奮する人にいたずらな刺激を与えるだけかもしれないという、心配さえしてしまいます。
作中にも、NGOのスタッフがタイの人に教育の大切さを説くところがありますが、
きちんと取材をしてノンフィクションにし、貧困が、無知が問題であることを投げかけていただくか、フィクションに徹するかしていただきたかったです。
最後の永江朗氏の解説によるフォローで成立するような気がしました。
1週間掛けてようやく読み終えた。
何度も目を背けた。
恐怖は人を支配しどこまで追い詰めるのだろう。
あの子達はどれ程の恐怖を日々感じ
終わることのない絶望の中にも
小さな光を見つけようと必死で生きている。
子供は無垢で大事にされなくてはいけないと思う。
される義務があるのだと。
そんな当たり前の事が出来ないでいる。
大人のエゴの犠牲になるのはいつも弱い子供たち。
闇へ闇へ葬られ消えてく命は絶たない。
無力感に押しつぶされそうになる。
映画化もされた、幼児売買、幼児売春、臓器売買の商品として扱われるタイの子供たちを題材にした、梁石日(ヤン・ソギル)の衝撃作。
物語はタイ北部山岳地帯の貧しい農家が、8才の少女を人買いに日本円にしてわずか約3万6千円とウイスキー1本で売るところから始まる。それから、まったくもってひどい世界が次々と展開される。
本書では、外国人が売春宿で幼い子供を相手に性行為に及ぶ姿や、エイズに罹った少女が生きたままごみ処分場に捨てられる悲劇、貧しい子供が買われ、殺され、臓器のドナーにされている実態などが描かれる。それはあまりにもリアルで、思わず目を背けたくなるほどにグロテスクですらある。しかし、これは、今まさにアジアの貧しい国で起こっているまぎれもない現実なのだ。
果たして悪いのは、幼児を売買する貧困家庭や人買いか、幼児を性の玩具とする人々か、そして幼児の臓器を扱うブローカーや、それを求める外国人か・・・。
梁石日は、この小説でおぞましい現実をストレートに描くことにより、自らの豊かな社会を保っている私たちに対して、厳しい問題提起をしているのである。

映画化もされた、幼児売買、幼児売春、臓器売買の商品として扱われるタイの子供たちを題材にした、梁石日(ヤン・ソギル)の衝撃作。
物語はタイ北部山岳地帯の貧しい農家が、8才の少女を人買いに日本円にしてわずか約3万6千円とウイスキー1本で売るところから始まる。それから、まったくもってひどい世界が次々と展開される。
本書では、外国人が売春宿で幼い子供を相手に性行為に及ぶ姿や、エイズに罹った少女が生きたままごみ処分場に捨てられる悲劇、貧しい子供が買われ、殺され、臓器のドナーにされている実態などが描かれる。それはあまりにもリアルで、思わず目を背けたくなるほどにグロテスクですらある。しかし、これは、今まさにアジアの貧しい国で起こっているまぎれもない現実なのだ。
果たして悪いのは、幼児を売買する貧困家庭や人買いか、幼児を性の玩具とする人々か、そして幼児の臓器を扱うブローカーや、それを求める外国人か・・・。
梁石日は、この小説でおぞましい現実をストレートに描くことにより、自らの豊かな社会を保っている私たちに対して、厳しい問題提起をしているのである。
幼児売春や臓器売買のことは知識として知っていたが、その実情はあまりにも酷いものだった。もちろん、本書は完全なフィクションである。だが、ここに描かれている惨状が醜く強調された絵空事だとは思えない。これは信じたくはないが、現実に起こっていることなのだ。
この問題は、おそらくとても根が深い。貧困だけでなく、政治、思想、宗教までもが絡んでくる。この悲惨な現状を阻止しようと地道な活動を広げているボランティア団体の活躍も空しく、闇の組織に一矢を報いることもできない。
子どもたちは身を守る術もなく、蹂躙の運命に呑み込まれてゆく。読んでいて涙が止まらなかった。八歳で売られたヤイルーンとその妹センフーの悲惨な運命には憤りで胸が苦しくなった。この姉妹は、いったいなんのためにこの世に生を受けたのか。
本書は確かに問題作である。読み通すには、限りない忍耐と痛みに耐えなければならない。
梁石日の筆は、いつになく性急だ。本書の内容ゆえのことだろうか?少し違和感があった。
しかし、それだからこそ鬼気迫る筆勢に圧倒されたのも事実だ。
もう一度言おう。本書は問題作だ。
あらゆる意味でこれほど絶望感を与える本もないのではないだろうか。
子どもは無条件に守られる存在である。子どもは庇護を必要とする存在である。子どもは無条件の愛で包まれるべき存在である。すべての人に問いかけたい。そうではないのですか?
世の中には、小説の形をとったノンフィクションの作品がたくさんあります。
これも、その一冊といえると思いますが、だからこそ「世の中の現実」がリアルに見えてくるような気がしました。
「苦痛は高いところから低いところに流れる」とは、だれが言った言葉か忘れましたが、悲しくもそんな悲惨な現実がまだこの地球上には存在する、それを実感した一冊です。
幼児売買春、臓器売買など、他山の石のように思っていましたが、リアルで残酷な実態を突きつけられ、改めて、日本の豊かさや平和を実感した次第です。ベトファイルの実情が余すことなく描かれており、興味・関心がある方は、ぜひ、一読する価値のある本だと思います。また著者の梁氏の、いつもながらに人間の暗部を真正面から描く手法に、ついつい引き込まれてしまう一冊でした。
幼児売買、幼児売買春、幼児臓器売買…唾棄すべき重いテーマであるにもかかわらずなぜか軽く感じてしまうのは、このテーマを小説という手法で表現したからだろうか。
もしも実ルポならそこまで表現できないだろう究極の秘部も、小説だからフィクションとして表現してしまえる。それで逆に想像力の余地も残さずの状態に。
あくまでもフィクションとして表現したかったのならば、登場人物それぞれに、もっと気持ちが添いたくなるようなふくらみが欲しい。
ところで、「現代老後の基礎知識(新潮新書)」では、『タイでリッチに老後を』案も提示されていたが、この「闇の子供たち」の実態の上に成り立つ老後など許されはしない。
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